スケートのショートトラックの存在を日本に伝えたといっても過言ではない、勅使川原郁恵さん。現在は、別な方向で活躍の場を広げていますが、今回の北京五輪では、「ジャパンハウス(※1)」にて、大会期間の後半に活動されることが決まっている。
今まで冬の五輪を引っ張ってきた勅使川原さんに、出場した3大会を振り返っていただき、注目している選手などをお伺いした。
――― 長野、ソルトレーク、トリノの3大会に出場されていますが、そのときの五輪の印象、思い出をそれぞれ聞かせてください。
長野は初めて出場した五輪でしたが、地元で開催されるので、すごくやりやすかったです。周りの環境も慣れ親しんでいるし、みんなが協力してくれたので、レースに集中できました。一番いい五輪に出場することができたなと思いますね。
その長野での一番の思い出は、父親と母親も見に来てくれたことです。一番面白かったのが、父親が、私がレースをしていたときに落ち着かず、観客席をずっと歩き続けていたことです。「お父さん、何を落ち着かないのだろう?」と。私よりも、父親のほうが落ち着かなかったのを覚えていますね(笑)。でも、会場の声援が、日本語が多くて、それがすごく力になりました。
一番成績も良かったです。リレーと、500mと1000mの3種目出場したのですが、全種目入賞できたました。初めての五輪で、全種目入賞できる人って、なかなかいないそうです。自分でも満足いく成績だったので、印象に残っています。
でも、順位は4位、5位、6位という成績で、メダルまで本当にあと一歩でした。印象に残っていても、メダルを逃した悔しさというのが非常に強くて、4年後の五輪もまた頑張ろうと自分自身に誓い、次の五輪を迎えることができました。
その4年後のアメリカのソルトレーク(シティ)で行われた五輪は、すごく調子よくきていましたが、ちょうど1年前に顔を切るケガをしてしまい、調子を崩してしまいました。それがなんと1年前です!なかなか体調やバランスが整わなくて、そのまま五輪に出場という状況でしたので、苦い思い出がありますね。
もっと完璧な状況で臨みたかったなぁ、という思いが強くあったので、また頑張ろう!と思いました。もうちょっとしっかりと自分の体調を整えて出場したかったので、さらに4年間頑張りました。
そして、出場したのがトリノ五輪だったのですが、トリノのときは、当たり前ですが後輩も育ってきていて…。以前は後輩から追われる立場だったのですが、あるときから、自分が追う立場になっていて、代表選手に選ばれるかどうかのギリギリの線にいました。
でも、後輩よりも「五輪という場に立ちたい!」という強い思いがあったので、代表選手に選ばれることができて、見事3回目の出場を果たすことができました。
トリノ五輪で滑り終えた後、やりきったと思えたのです。今までは、「悔しいから」とか、「もうちょっとだから」、と思って続けていたのですが、それを機に、引退を決意しました。
――― あと一歩いくために、必要だったことは何だと思いますか。
気持ちを強く持つことだったと思います。優しい気持ちが出ちゃうと負けてしまうんです。そういうやさしい気持ちが、まだ自分自身にあったのかなと思います。
憎たらしいくらいの気持ちがないと、そう思われるくらいじゃないとダメだと思うのです。やはり、中国や韓国の選手は「絶対に負けない!」という強い気持ちが心の中にあった一方で、自分にはそれがちょっと欠けていたように思いますね。
あとは、韓国で合宿をしにいったことがありますが、韓国は特にリンクが多くて、選手も多くて、コーチも多いです。いつでも練習ができる環境があるのはとてもうらやましいです。
日本は、逆にコーチが少なくて、リンクも年々減っていてる、という悪循環。そこが一番の違いじゃないかなと思います。
――― 五輪とそれ以外の大会で、違うことってありますか。
五輪でも、世界選手権でも、出てくる選手はほとんど一緒なのですが、やっぱり、会場の雰囲気が非常に違いますね。
世界中が一気に注目する。メディアも一気に注目するということで、会場の雰囲気が全然違うものになります。毎年の世界選手権と五輪とで。その雰囲気にのまれるか、のまれないかの差は、すごく感じられますね。
――― それは肌で感じますか?入っていった瞬間に。
感じますね。もう、世界選手権で、応援してくださる方の声は、普通に聞こえるくらいなのですが、五輪の応援は、会場が揺れるくらいの声援なのです。冷静でいないと、つぶれてしまいますね。
――― レースをしている間って、音って聞こえますか。
はい。聞こえますね。応援している音も聞こえますが、私たちはコーチだけの声を聞くようにしているので、コーチの声は、きちんと聞こえます。
冷静に聞き分けられない選手は、経験が少ない選手で、本番に弱い選手。それを積み重ねていくことで、冷静に対処できるようになる。経験で対処できるようになります。
――― 五輪の印象って、出る前と出た後で違いましたか。
特に変わらないですね。出ている選手って、すごくイキイキしていると感じていました。昔から五輪を見ていても、出場している選手は本当にイキイキした姿でレースに臨んでいるので。
いざ、自分が出場することになっても、イキイキとした姿というのは、変わらなかったと思っています。選ばれた選手しか乗れないリンクに自分がいるというだけでうれしかったですし、大舞台で戦えて、やってきたことをやっと出せる!と思えました。
そこに立ったときは、本当に居心地がよかったです。
――― 冬の選手が、夏にトライすることがありますが、勅使川原さんは、トライしようと思ったことはありますでしょうか。
ないですね。どちらかというと、陸上のトレーニングが嫌いだったんですよ。どうにか逃げようと思って。嫌いで嫌いでしょうがなかったですね、夏の走り込みとか、バイクとか。
でも、逆にスケートリンクに立って、スケートの練習をするのは、大好きで。だから、みんなよりも先にスケート場にきて、練習していたくらいです。だから、スケートだったら、大丈夫なのですが、陸上は考えたことはないですね。
――― 今回は見る側に変わります。どのあたりを見てみたい、というのはありますか。
今までは、自分のトレーニングを必死にやっているので、そういう時間がなかなか取れませんでした。ですので、ほかの競技もみてみたいなと思っていました。
やっと、いろんな競技に接することができるようになりました。それぞれの競技に出場する選手も夏期と冬季で全く違うじゃないですか。夏の五輪は初めて間近で見て、体感できるので、どんなものかなと楽しみですし、そのすごさも見てみたいです。
自分が想像しているときっと全然違うのでしょうね。
冬の五輪では、スキーとスケートの選手は、全く別の選手村に入るので、行動が全く別になります。夏は競技人数も圧倒的に多いですから、そのあたりの選手たちの気持ちもぜひ聞いてみたいですね。
――― 今回、注目している競技、選手を教えてください。
まずは、マラソンの野口(みずき)さん(※2)。同じ女性で、同世代なので、応援したいという気持ちがあります。あと、金メダルにすごく近いじゃないですか。
なので、すごく期待している選手ですね。
あとは、セーリングの女子470級の近藤(愛)選手、鎌田(奈緒子)選手組(※3)ですね。お話をしたことがあるのですが、すごく自信満々に、「この調子でいけば、金メダルとれます」とお話をしてくれたので、これは!と思って、応援したいと思います。
なかなか、あの競技も知られていないじゃないですか。私も、昔ショートトラックって、知られてなくて…。なので、知られている競技ではなくて、まだ知られていない競技も応援していきたいなと思って。その2人は、すごく注目しています。
あとは、射撃の中山(由起枝)選手(※4)。今、母親で、子どもがいるんですよ。この間、お会いしました。2000年の(シドニー)五輪に出たのですが、プレッシャーに負けて、一時引退をしたんです。その後、もう一度カムバックして、北京(五輪に)臨む選手なんですけど、一度引退をして、カムバックするという強い心の持ち主なので、次の五輪への気持ちの切り替え、という部分を見たいなと思っています。
特に射撃というのは、集中力、気持ちが出てくるスポーツなので、そういう精神面も見たいですね。
もちろん、水泳とか、柔道とか、必ず獲れる競技も気になりますが、まだ知られていない競技に注目していきたいです。あと、水泳は、水着もすっごく気になりますね。レーザーレーサーってどうなんだろう?とか。気になって、しょうがない。自分の着たいくらいですもん(笑)。話題になっているので。試してみたいですよね。
――― 選手に会われる機会って、結構ありますか。
引退してから、ちょくちょくあります。
――― 全く別の競技の選手に話を聞いて、同じだと思うことが多いですか。それともやっぱり違うなという印象のほうが強いでしょうか。
自分と思っていることと、同じことを思っている選手が多いですね。五輪に出た選手にお話を聞いても、「そうそう!やっぱり!!」みたいなことがあるんです。夏と冬でも、気持ちは同じなんです。通じることがすごくあって、それが話をしていて面白いですね。
――― 今回の五輪、こうやって楽しみたい!というのを教えてください。
やっぱり私は、北京に行く機会を持つことができたので、選手と話がしたいです。
いろんな選手が出場しているので、それぞれの選手によって、いろんな思いを持っているだろうと思っています。なので、メダル獲得うんぬんではなく、一人でも多くの選手から、いろんな話を聞いてみたいなと思います。
――― 今回、出場する選手へのメッセージ、エールをお願いします。
いつもどおり、冷静に頑張ってください!
いざ、五輪の舞台に立つと、冷静でいるのは難しいですね。
あと、体調管理。その日にベストな体調を合わせなきゃいけないので。それまでが大変かな。風邪をひかないように、ベストな状態で臨めるような体を作って頑張ってください。
(※1)ジャパンハウスとは、運営本部および関係者へのホスピタリティサービスを提供する場所で、今回の北京五輪では、ニューオータニ長富宮に開設される。
(※2)野口みずき選手は、8月12日、左太もも裏の肉離れなどを理由に出場を断念した。
(※3)第6レースまで終わった段階で、15位(8月13日時点)。
(※4)クレー射撃で、日本女子過去最高の4位と健闘した。
| なお、ココセレブインタビューでは、勅使川原さんが親善大使を務めるウォーキングの魅力や、ウォーキングの情報が満載のR9プロジェクトについて、語っています。 >ココセレブインタビュー |
| ■勅使川原郁恵(てしがわら いくえ) 1978年10月27日生まれ。元ショートトラックスピードスケート選手。1996年世界ジュニア選手権で総合1位に。世界選手権には11回出場、五輪に3回出場を果たす。トリノ五輪後に引退し、スポーツキャスターの道へ。また、日本ウォーキング協会の親善大使として、ウォーキングの普及活動にも力を注いでいる。 >R9プロジェクト |

